JATAの発表によると2025年1月の訪日客は378万人、昨年1月比100万人増で月間訪日客数としてはこれまでの最多となったようです。1月でこれですから、桜の季節、夏休みシーズン、紅葉シーズンというピークには月間400万人も夢ではないというところまで来ていますね。今年は春節が1月末でしたから、冬のこの時期ではありますが、このような大きな数字になったようで、実際、東京都心部、東京駅、新幹線、どこに行っても本当に外国人が多く来ているのを実感しますし、去年の今頃よりも中国人が一気に増え(というか、戻り)、さらに、かつてと比べるとアジア、中東のイスラム系の方も増え、東京駅構内はまさに人種のるつぼ化しています。
テレビでは訪日外国人からのインタビューをもとにしたランキング番組やクイズ番組で日本礼賛にあふれたインバウンド情報を発信しているかと思えば、ワイドショーの特集やニュース番組では深刻な顔をしてコメンテーターが「オーバーツーリズム」を問題視しているという姿勢の報道を行っています。いったい、どっちなんでしょうね(笑)
2024年の日本国内におけるインバウンド消費は8.1兆円。今や輸出額でいえば、1位の自動車に次ぐ2位に位置しているほどの巨大産業になっているのです。少子高齢化がすすみ、国内総生産が伸びない日本でこんな「希望の星」を逃す手はありません。
オーバーツーリズムはこれまで日本人にも人気だった観光地にインバウンド観光客が押し掛けることにより発生している事例が大半。たとえば、京都、鎌倉、沖縄、白川郷、美瑛等の地域では、観光客数の増加に伴い、地域住民の生活環境や自然環境への負荷が大きくなっています。たしかに一部を切り取っていえば、大きな問題ですし、自分がその立場だったら文句も言うことでしょう。しかしながら、「インバウンドがオーバーツーリズムを引き起こした=インバウンドは悪」みたいな論調ではいけないと思います。この課題を解決して、「これから伸び行くツーリズム産業とどう向き合っていくか」について考えていくべきかなと思っています。
そこで「八十八箇所巡り」の話。
オーバーツーリズムは一か所に集中するから起こる事象。オーバーツーリズムが発生している地域では時間を分散させたり、完全予約制で行列をなくしたりしながら、集中をコントロールする一方で、入場料などを値上げして、行きたくなる気持ちを抑制するなどの工夫をしています。ただ、この方法だと、一か所に集中することを緩和できても、ほかの目的地を提案しているわけではないので分散しきれてはいません。アンダーツーリズムといって、オーバーツーリズム地域周辺の隠れた観光スポットを紹介する動きもありますが、もともと「人気観光スポットだから行きたい「ここの名物が食べたい」という絶対的な目的があるからこそ、どんなに行列があっても、どんなに混んでいても京都にはいきたいのですから、そう簡単には目的を変えることはできません。
四国八十八箇所霊場は、弘法大師(空海)にゆかりのある四国各地の寺院を巡る巡礼路として知られていますが、弘法大師ゆかりの地をたどるように、弟子や信者たちが各地の霊場を巡拝するようになったことが、巡礼の始まりと考えられています。
これをヒントに考えてみましょう。
八十八箇所巡りは言い換えれば「弘法大師ゆかりの地を訪ねたい」という大きな目的の下に、四国全体にゆかりの地がたくさんあり、そのすべてを何日もかけて巡るという回遊促進かつ分散型のツーリズムともいえますよね。その中では、ゆかりの地がすべて「小さな目的地」となり、それをつなげると八十八箇所巡りが成立するのです。しかもうまくできているのはその「小さな目的地」のひとつを訪ねるだけだと達成感とか、未達の悔しさを感じない。でも、2つ以上尋ねると「88」という数字にとらわれて、達成を夢見てしまうという素晴らしい仕組みです。おもしろいのはその瞬間「88」を攻略することが大きな目的に変わってしまい、「小さな目的地」は達成のための手段となり、それぞれの目的地がどこにあろうと、名前を知らなかろうと訪ね歩くことになるのです。
私の活動している上越妙高駅ではレンタルサイクル事業を行っているのですが、当初は市内の散策用に使われると思って、ホームページやチラシを作って宣伝していました。ところが、実際に始めてみると自転車を借りる半数以上が特定の「小さな目的地」を目指していたのです。その目的地は鮫ヶ尾城跡というところで、戦国時代に上杉謙信公の跡継ぎ争いの舞台となったお城なのですが、当然ながら天守閣も石垣もほとんどない山城の跡地ですから、地元の皆さんでもお城を目当てにした観光にはなかなか来ない場所です。上越には謙信公ゆかりの春日山城跡もあれば、日本三大夜桜で有名な高田城址公園もありますので、その陰に隠れた鮫ヶ尾城跡はなかなか観光地としては目を引きません。
ではなぜ、全国から鮫ヶ尾城跡を目指してくるのか?
それは全国のお城好きのみなさんがお城巡りの参考にしている「日本の100名城」の続編にあたる「続日本100名城」の一つに選ばれたからです。お城巡りを始めた方はまず有名なお城がリストアップされている「日本の100名城」を参考に全国制覇を目指して回りはじめるのですが、あとから「続日本100名城」が出たことにより、無名であっても、不便なところにあっても「さらなる100」という数字に向けて「小さな目的」を訪ね歩くうちに、上越妙高駅に立ち寄って自転車を借りてくださったということなのです。鮫ヶ尾城跡はまさに全国から見れば無名で、交通機関がつながっていないところにあるのでレンタルサイクルがぴったりなのです。
このように大きな目的地で発生しているオーバーツーリズムに対して、「小さな目的地の集合体」を作り上げることで分散型のツーリズムへと誘導ができるという取り組みはこれからのインバウンド対策にも有効なのではないでしょうか?京都市内でも本当に人が集中しているのは清水寺とか新京極とかの一部であり、市内のいたるところに分散させられる目的を提案することにより、少しでも解消できる可能性があると思います。
また、「まだインバウンド来てません!」という地域においても、行ってほしいところ、観光スポット、飲食スポットなどを集めて「88」とか「44」とか「小さな目的」を数値化して提案するのはいかがでしょうか?「こんなにたくさん見るべきところがあるならば行ってみたい」と思わせるという作戦です。
「小さな目的」をまとめて数値化して提案すると集中している場所から人が来ない場所に人流を分散できる可能性があるという提案でした。