インターネットでの旅行販売黎明期(2000年代初頭)の話。
ホームページに旅行商品を掲載したものの、まだネット販売に対する信頼が低かったこともあり、ネットが一般化すればするほど電話問い合わせが増加していた時代でした。
私が担当したのは、電話予約センターのコールセンター改革。
いかにお客様をお待たせせず、電話対応を行うか。いかに短時間で確実に受注に結び付けるか。
が、命題でした。コールセンターのスタッフは1日中電話に向かい、その都度全く異なるお客様からのリクエストやクレームに対峙しなければならない重労働ですから、人の入れ替わり根激しい職場でもありました。
そこで着目したのがFAQ(よくある質問と回答)。
電話ごとに異なる内容ではあるものの、100人規模のコールセンターともなると、質問に対する答えは一定のパターンで繰り返されるものも多く、それらをスタッフ間で共有することで接客時間の短縮を図る取り組みです。
同時期、旅行会社のコールセンターと比べて商品数が圧倒的に少ない航空会社のコールセンターでは、FAQをホームページの問い合わせページの電話番号の前に掲載し、電話をかける前によくある質問と回答を読んでもらうことで圧倒的に電話のコール数を減少させることができました。FAQによるコールセンターのオペレーター数の削減効果は絶大なものであったと記憶しています。
そんな思い出があるFAQなのですが、最近気がついたことを書き留めてみたいと思います。
宿泊施設のAIチャットボットが“標準装備”になった件
宿泊施設のホームページでは、今やAIチャットボットが“標準装備”になりつつあります。
どの宿のホームページにも右端に「AIロボット」のアイコンがチラチラしているのにお気づきだと思います。
人手不足が慢性化している宿泊施設のスタッフが忙しい時間帯に一番手を取られて困っている「電話問い合わせ」の悩みを解決する救世主的なシステムとして急速に普及しましたね。もはや、AIチャットボットを使っていないところがないくらいです。
でも、「AI」というわりに、なんだか自分の使っているChat-GPTやGeminiのようにサクサク答えてくれないし、的確な答えに納得するケースがあまり多くない気がするのです。場合によっては、ホームページの「よくある質問」ページに書いてあることにも回答できていないという課題もあるような気がします。
宿泊施設単館の情報は大規模言語とはいえないところが苦しいところ
今、皆さんが使っている生成AIは、大規模言語モデル(LLM)といって、膨大なテキストデータを学習して、その結果をもとに自然な文章生成、翻訳、要約、質問応答などを行う仕組みなのですが、たった一軒の旅館の保有しているテキスト情報といえば、私の調べではホームページ1ぺージあたり1000文字から3000文字が多く、文字よりも美しい施設や風呂、食事の画像が大半の面積を占めているのです。とても大規模とは言えない。
むしろテキスト量が少なすぎて、AIで動かすほどの必要性は低いのではないかと気が付きました。現在、いろいろな宿泊サイトで試しているのですが、AIチャットボットに対して、ChatGPTに話しかけるような文章を打ち込んでも、文章の中から、AIチャットボットがデータベースに持っている「よく使われるキーワード」とマッチした質問候補を出してくるだけで、こちらの質問意図を読み取ることはしてくれないケースが非常に多いです。
おそらく、宿泊施設で日々発生している膨大なお客様とのやり取りのすべてをテキスト化しない限り、なかなか的確なQ&Aレスポンスは実現しないんだろうなと思っている次第です。
人間には便利でも、AIエージェントには“中身が見えていない”。
そして、今回の一番の気づき。
宿泊施設のAIチャットボットは“AI”に読まれていないのではないか?
これから始まるAIエージェントの時代には、AIが自信をもってレコメンドできる宿泊施設とならなければ、ユーザーにお勧めしてもらえなくなります。従来は検索エンジンの上位に表示されていれば一定のお客様は予約していただけましたが、AIは宿泊施設のホームページを読み込んで、この宿泊施設がユーザーの要望を満たすのかどうかを判断するのです。ですから、そのホームぺージに情報がなければ「信頼されない」ということになってしまいます。
技術的には、
● JavaScriptの壁
AIクローラーは「最初のHTML」しか読みません。
AIチャットボットを外部システムで運用している場合、JavaScriptで読み込んで外部サイトから表示させる仕組みになっているFAQは、AIにとってはその宿泊施設の情報として認知することができないために「存在しない情報」になってしまうのではないかと思います。
● 一括クロールの仕組み
AIはサイト全体を一括でスキャンします。
外部システムに隔離されたFAQはスキャン対象外です。
現在のチャットボットは「人間向けのツール」
まとめますと、多くのチャットボットは、自然言語でサイト全体を理解して回答しているわけではありません。実態は、外部データベースに登録されたQ&Aをキーワード検索して返しているしくみ。
そのため、
- 公式サイトの更新と連動しない
- 文脈を理解した回答ができない
- AIエージェントの学習対象にならない
という構造的な限界があります。つまり、これは人間向けの便利ツールであってAIエージェント向けのツールにはなっていないということがわかりました。AIエージェントの時代に宿泊施設としてやるべきことの一つは、OTA依存から脱却して「直予約を増やすこと」だと思います。そのためには、OTAに掲出している情報以上のものをホームページに掲載することで「AIエージェントからの信頼を獲得する必要性」があるのです。
AIエージェント時代にどのように対応するか?
AIエージェントは、ユーザーの質問に答える際、“公式サイトに書かれている情報” を根拠にするのですが、FAQが外部に隔離されていると、AIはこう判断します。
- 「この宿は詳しい情報を持っていない」
- 「OTAの方が情報が整っている」
- 「推奨する根拠が弱い」
今回の気づきにおいては、人間向けのAIサービスの導入としてはもっと便利になってほしいものの、このままの仕組みで行くと、「AIが宿を推薦しない → OTAへ誘導される → 直予約が減る」という負の連鎖が起きる可能性が高いのではないかという危惧を抱きました。
チャットボットは「人間向けの便利ツール」。
このような便利ツールはまだまだ進化の途上にあります。
ここからどのように進化していくかが楽しみですね。

